49歳からのセミリタイア生活

49歳で早期退職しました。東京・高円寺の街あるき、時事ニュース、趣味のことなどをつづります。1日おきに更新。

「格差の拡大」がこれからも続いていく理由

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ぼくはバブル時代の最後に学生時代を送りました。
風呂なしアパートに住んで銭湯に通う貧乏学生だったので、バブルの恩恵はまったくありませんでしたが、それでも世の中がどんどんリッチになっていく雰囲気だけは感じていました。
その後、バブルがはじけて「失われた20年」が始まります。
そこで起きたのが、格差の拡大です。
金持ちはますます富み、貧しい人たちは貧しくなっていって、森永卓郎さんが予言した「年収300万円時代」は現実のものとなりました。
いまや「年収200万円時代」も現実化しそうです。
格差の拡大は世界的な傾向で、世界の富豪上位2153人がもつ資産は、最貧困層46億人の総資産を上回っているそうです。

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格差は今後も拡大していきます。
なぜなら、テクノロジーの進化が止まらないからです。
これだけじゃ、ちょっと分かりにくいですよね。
もう少しわかりやすく説明しましょう。
テクノロジーが進化したということは、世界が「知識集約型社会」になったということです。
もう、この流れは止まりません。
知識集約型社会とは、人間の知的労働力に頼る社会ということです。
これは、従来の労働集約型社会とはまったく違う性質を持っています。

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むかし、農業が主体だった時代を考えてみましょう。
当時は力持ちが優秀な人材とみなされていたでしょうね。
ふつうの人が米俵を一度に2個運べるところを、3個運べる人は重宝されたはずです。
生産性を考えると、1・5倍の給料を貰えたでしょう。
一方、非力な人は一度に1個しか運べなかったかもしれません。
そうすると、ふつうの人の半分しか給料が貰えなかったでしょう。
非力な人と力持ちとの間には、3倍の給料格差があったと考えられます。
逆に言えば、非力な人でもふつうの人の半分は給料を貰える働きができたとも考えることができるのです。
非力な人でも2人集まればふつうの人と同じ仕事量をこなせたのです。

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工業が産業の主力になると、工場勤務の人が増えます。
こちらも、1時間に10個の製品を組み立てられる人と、5個しか組み立てられない人との間には格差があります。
ただ、あまりにトロくて1時間に2個しか組み立てられない人でも、10個の人の2割の働きはできます。
つまり、トロい人でも5人集めれば優秀な人1人分の仕事をこなすことは可能なのです。

ところが、知識集約型社会はまったく違います。
この社会で必要な知的能力は、できるかできないかの2択しかありません。
サイバーセキュリティーのプログラムを書けるかどうか。
研究結果の統計分析ができるかどうか。
こうした高度な知的分野は、半分だけできるとか、2割くらいできるということはありません。

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わかりやすい例えをしたツイッターのつぶやきがありました。
こんな内容です。
「偏差値40の生徒を10人集めても、東大の入試問題は解けない」
たとえ優秀でなくても数人集まれば1人前の仕事ができた、今までの労働集約型社会とは違いますよね。
企業が必要とするのは、超高度なプログラムが書ける人であって、その希少な人材には多額の報酬を払います。
一方、それができない人には1円も支払われません。
半分くらいできるから半分ほどの給料を貰えるというのがないんですね。
だから、格差が広がっていくのです。
残るのは誰にでもできるような仕事ですが、これらは賃金が低く抑えられ、いずれはAIやロボットに取って代わられるでしょう。
駅の改札で切符を切る駅員さんはいなくなったし、スーパーではセルフレジが導入されています。
このように、テクノロジーが進化していく限り、今後も格差の拡大は続いていくでしょう。
残酷ですが、これが現実です。