たどり着かないと見えない景色がある
ぼくはセミリタイアしてから山歩きを始めました。
まだまだ初心者なので、向かうのは高尾山のような標高数百メートルくらいの山です。
それでもキツイし、息が切れるし、十分楽しい。
頂上で食べるコンビニのおにぎりは美味いし、街を見下ろす眺めも楽しめます。
先日、陣馬山まで縦走したら、「よくやったなあ」と達成感も味わえました。
だけど、ぼくは知っています。
これが中央アルプスになると、また全く違う眺めがあることを。
達成感も段違いでしょう。
世界最高峰のエベレストに登れたら、見える景色は想像を超えるものでしょうね。
物理的に「見える」光景だけでありません。
そこに立ったことのある人だけにしか理解できない、「見える」ものが、きっとあるはずです。
人生観を変え得る「思考」とか「悟り」とかに言い換えてもいいかもしれません。
なぜなら、エベレストの頂上に立つのは簡単にはできないことだから。
何年にもわたる登山経験や過酷なトレーニング、そして才能や運も必要でしょう。
それらをすべてクリアした者だけがたどり着ける場所なのです。
たどり着かないと見えない景色があるのは、山という物理的なものに限りません。
仕事でもそうです。
経営者であれば、ソフトバンクの孫正義やマイクロソフトのビル・ゲイツら世界の超一流が見ている景色は、我々とは全然違うはずです。
サッカー選手でも、アマチュアとJリーグ、海外のトップレベルとではまったく見えている光景が違いますよね。
バルセロナ対レアルマドリードの試合のピッチに立っている選手が味わっている熱い感覚は、実際にその場でプレーしている選手にしか分からないはずです。
それは、サッカー選手であれば誰もが夢見る舞台であり、何物にも代えがたい経験です。
もう少し身近な話でも同じですね。
管理職には平社員には見えない景色があり、社長にはトップに立ったものしか味わえない世界がある。
上のレベルに行けばいくほど景色は広がります。
一段上に進むと、そこには今まで見えていなかった世界が広がっている。
スポーツでも楽器でも仕事でも、そんな感覚を味わったひとは多いのではないでしょうか。
じゃあ、シャカリキに上を目指すしかない。
そうはならないのが、人生の難しいところです。
上にいけばいくほど、道は険しくなっていきます。
だから、トップレベルで活躍している人たちのほとんどは、多くのことを犠牲にして道を究めているのです。
犠牲にしているのは家族との時間かもしれないし、健康かもしれません。
ふつうの人たちが楽しんできた恋愛やキャンパスライフなどの青春時代を、自分が進むべき道にすべて注ぎ込んできた人も多いでしょう。
仕事はきっちり1日8時間、週休2日で趣味を満喫し、長期休暇もしっかり取る。
友だちとカラオケに行ったり、飲みに行ったりして、シメはラーメンをすする。
そんな「ワークライフバランス」を求めながら、同時にトップレベルで活躍している事例はほぼ聞いたことがありません。
多くの場合、トレードオフなんですね。
何かを得るためには何かをあきらめないといけないんです。
一流の演奏家は幼少のころからひたすら楽器の練習に打ち込んできているし、トップアスリートたちは徹底して節制を続けている。
子ども時代は夜通しゲームをやり、社会人になったら赤ちょうちんでワイワイ飲みながら、ときにはオールする。
一般の人たちが楽しんでいる、こんな生活はあきらめているのです。
実は、ぼくも働いていたときは仕事に熱中しました。
「生活」という2文字が存在しないくらいに。
出張が多くて海外を飛び回ったし、深夜まで働くことも全然珍しくありませんでした。
そのかわり、家族との時間はとても少なく、健康状態もどんどん悪化していきました。
退社するころには、「これ以上は出せません」と医者に言われるくらいの量の薬を服用する状況になっていました。
第一線でバリバリ成果を挙げている同僚の多くも、家庭は崩壊していましたね。
なぜなら、みんな家に帰っていなかったから。
それでも、懸命に仕事に打ち込んだおかげで見ることができた世界はありました。
すごくワクワクしました。
達成感もあり、充実していました。
野球で言えば、大リーグのスター選手にはなれなかったけど、プロ野球の地方球団でプレーするレベルくらいには到達できた気がします。
エベレストからの景色を見ることはできなかったけれど、高尾山よりはずっと高い山からの眺望を体験することはできた。
もっと頑張れば、もう少し上の世界にたどり着けたかもしれません。
だけど、それにはさらに多くのことを犠牲にしないといけなかったでしょう。
「自分なりに十分やったかな」という思いがあったから、早期退職するときもためらいはありませんでした。
いまはワークライフバランスが大事にされていて、それはとてもいいことだと思います。
健康も家庭も生活も、すごく大事です。
一方で、たどり着かないと見えない景色は厳然としてあります。
一生をかけてでもその景色を見てみたいと願う人たちもいます。
それは、「そこそこで構わない」と思っている人たちには絶対に見えない景色なのです。
どちらがいいとか悪いとか、優れているとか劣っているとかじゃありません。
人生観の違いです。