時間の価値は年齢によって違うという話
ぼくの友人たちは、男女半々くらいです。
いまはバリバリ働いている女性もまったく珍しくないので、仕事を通じて友だちになった女性もいます。
海外で仕事をしていたときは周りに日本人が少なかったため、同じように働いていた人たちのほか、留学に来ていた学生たちとも交流がありました。
だから、ずっと年下の友人もできました。
幅広い年代の人たちと交流が続いているのは、大きな財産ですね。
男の友人と飲むときは、たいてい仕事や趣味の話をします。
そこらの焼き鳥屋で飲みながら、テキトーなことをわいわい言い合う。
アホな時間を過ごしますが、それはそれで楽しい。
一方、女性の友人はグルメなことが多いので、エスニックだったりイタリアンだったり、美味しそうなレストランがチョイスされます。
男性同士ではなかなか行かないような店で食事を楽しめるのは、女性の友人がいる特典ですね。
話題もプライベートなことが多く、もっぱら聞き役に回ります。
自分よりも2周り近い年下の友人たちと会っていると、彼らの変わりように驚かされます。
学生だったのが、就職して社会人になる。
新人社員で右も左もわからずにおろおろしていたのが、いつの間にか一人前に仕事の話をするようになる。
頼りなさげな若者だったのが、すぐに対等な社会人になっていきます。
女性の変化はもっと大きい。
社会人になって働くようになるのは男と同じですが、そのあと結婚して奥さんになり、さらに、子どもを産んでお母さんになる人が出てきます。
ちょっと前に「結婚しました!」と伝えられたかと思うと、やがて「出産しました!」と報告があったりします。
たった数年のうちに、学生→社会人→妻→母と、大変化を遂げるわけです。
その間、ぼくはどうかと言えば、ずっとオジサンのままです。
部署や肩書は変わっても、中身はたいして変わっていません。
やや若かったオジサンが、アラフィフのオジサンになっただけです。
時間って、若いときほど濃密なんですよね。
15歳から25歳までの10年間と、75歳から85歳までの10年間を比較すればわかります。
中学生だった15歳が、25歳のときにはもしかしたら大人気の歌手になっているかもしれないし、メジャーリーガーになっているかもしれない。
ベンチャー企業の社長になっているかもしれないし、オリンピックの金メダリストになっているかもしれない。
海外でバリバリ働いている可能性もあるし、南極あたりで暮らしている可能性さえある。
そんな変化があっても、まったく不思議ではありません。
だけど、75歳のおじいちゃんは、おそらく85歳のときも年取ったおじいちゃんでしょう。
おなじ10年間でも、その間の変化の違いには大きな差があります。
つまり、時間の価値に大きな違いがあるということです。
若いときの時間ほど貴重なのです。
ああ、そうだよな。
中年のオジサンになったら、もう終わりだよな。
こんな風に思ってしまいそうですが、諦めたらそこで試合終了だよ。
あれ、ちょっと違った。
これとは違う、有名な言葉を思い出しましょう。
「これからの人生で、いまが一番若い」
そうなんです。
たしかに75歳から85歳までの人生にそれほどの変化は起こせないかもしれませんが、50歳から60歳までの10年間だったら、まだ何かを変えることができるかもしれません。
40歳からだったら、まだまだいろんなことにチャレンジできるでしょう。
そう考えると、75歳からの人生に備えて今やりたいことを我慢するのは合理的ではないと思いませんか。
価値の高い時間を犠牲にして、価値の低い時間に備えているのだから。
さあ、最後に思い出すべきフレーズがありますよね。
「いつやるの? 今でしょ!」
いいんです、古い言葉でも。
オジサンだから。